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太宰にしてみれば、何の気なしに訊いただけ。
社会人だという彼なりの示しのつもりか、
社員の皆様から入社祝いとして贈られた装いのうちの1つであるネクタイを提げながら、
でもでもシャツの襟元は健やかに開放している、
そんないつものラフな格好がいかにも闊達軽快な虎の子らしくてお似合いだったので。
今日に限ってそのネクタイをきゅきゅうと引き絞り、
襟元もきっちりと合わせている敦くんなのはちょっぴり新鮮で。
なので、実のところ 第一印象で既に気づいてはいたけれど、
何へ由縁しているそれなのか彼の側から語ってくれるのかなと思ってた。
ところが、中也と出かけたのが余程楽しかったものか
昨日どう過ごしたのかというお話にばかり終始し、
そちらへは ちいとも触れようとしない敦くんだったので。
大したことでもないからかなぁ、だったら構わないよねと、
『何で今日はまた、シャツの釦、こうまでしっかり留めているの?』
そう訊きながら差し伸べた手の先、人差し指の先端で、
ちょんと掠めるよに触れさせて “此処”と訊いたところ、
『……え?///////////』
紛うことなきお惚気を惜しみなく紡いでいた声がぴたりと止まり、
色白なお顔が再び赤らんだの、そういや視野の中に見はしたのだが。
自分でも気づかずに愛しいお人とのデェトについて滔々とまくし立ててたことへ、
はっと我に返ったがための赤面とも解釈は出来たし、
『何か居住まいを正すような記念日でも……。』
彼らのように のべつ幕なしに睦まじい恋人たちにまつわるような可愛らしい何か、
バレンタインデーとか恋人の日とか半夏生とか (おいおい)、
そんな何かをどっかで聞いてのこと、
もっと幸せになれますようになんて あやかろうという仕儀なのかなと。
始業前の単なる茶話のようなものとして、話の穂を振った太宰だったのであり。
そのついでのように、指先にて触れてた襟の縁をちょいと引き下げたところが、
「…あっ。」
「……敦くん?」
そこまでの和やかさを払拭するよな 真剣真摯な反射にて、
逃げるようにサッと身を退けた少年だったこともまた、
それが単なる痣や虫刺されなんかじゃあないという何よりの裏付けのようなもの。
面相筆で引いたよなやや濃い紅色の部分も含む、丸くて小さな緋色のそれは、
どう見たって鬱血痕以外の何物でもなく。
自身の指先が暴いてしまったものの正体に速やかに気がついたものの、
いや待て待て、だってこの子は、だってそんな馬鹿なと、
受け入れがたいと、信じがたいと往生際悪くも感じたがため
太宰の総身が凍ってしまったのも一時のこと。
呆然としたまま傍らのロッカーを開けると予備にと置いてた未開封の包帯を取り出し、
「……とりあえず、これを巻いておこうか。」
表情堅く、思い詰めているかのような顔つきで、
巻かれた包帯の端っこをびらんとほぐして広げつつ、向かい合う少年の首元目指して迫る様は、
見ようによっちゃあ絞殺を迫る怪しい人ぽかったかもしれぬ。
鬼気迫るような雰囲気へと怯えたか、
「いえあのその、これって怪我じゃないです、太宰さん。」
釦を留めていたくらいだから自覚はあったようで、
晒すことへの気恥ずかしさか、右側のそれへ手のひらを伏せて覆いつつ。
なのに、そんな大仰なものじゃあないですと、
慌てた様子で背高のっぽの先輩を宥めるよう取り成すものの、
「いやいや、みたいなもんだって。
それからあのナメクジ野郎へ接近禁止令を発布しなきゃあね。」
「何でそうも棒読みなんですか。」
どれほど気が動転しているのやら、
そこから宥めなきゃいかんらしいこと思い知ったそこへ、
「つか、離れろや、青鯖野郎っ 」
「わあ、何で中也さんがここにっ!」
選りにも選って、当事者の片割れまでもが乱入して来て、事態はますます紛糾の態。
というのも、
「手前こそ、ちょっと目ェ離した隙に姿くらましてんじゃねぇよっ 」
どうやら当事者同士の間でも ちょこっと悶着があっての
なのに決着がついてはないまま敵前逃亡した少年だったらしく。
大方とっとと出社したに違いないと目串を刺した探偵社まで追って来た
素敵帽子様こと、ポートマフィア所属の中原大幹部だったりし。
狭苦しいロッカールームで、
何処のミイラ男なやら 包帯を手にした太宰に迫られていた敦くんだったのへやっと追いつき、
こっちの話がまだついてねぇんだと肩を掴んだところ、
「こらこら、そこの青少年保護育成条例違反男。」
「手前には云われたかねぇんだがな 心中ナンパ男。」
元相棒さんから、その手を離したまえよと手首を掴まれ、
間に挟まる格好となった敦くんの、彼らに比べりゃまだ小さな肩の上で、
微妙な力比べという鍔迫り合いが始まってしまったり。
それでなくとも 顔を合わせりゃ憎まれまるけの舌戦が絶えない二人。
罵詈雑言が飛び交う険悪な応酬のど真ん中に身を置く羽目になり、
ひぃいと真っ青になりかかった敦だったものの、
「…で、そこから。」
「あれ? 太宰さんもう来られてたんですか?」
表からのドアが開いて、話し声と共に人の気配も届く。
いくら早朝とはいえ、途轍もないほどな時間帯だったわけでなし、
どうやら谷崎さんと賢治くんが一緒に出社してきたらしく。
となると、
「……。」 × 3
この顔触れでこんなところで揉めているというの、
目撃されれば色々とややこしい事態へ発展しかねないのじゃあなかろうかなんて、
それぞれなりにその胸中にて状況を慮みただけまだ冷静だったかもで。
そして、真っ先に動いたのが
「…人虎は頂いていくぜっ。」
お仲間の声へハッとして力が緩んだ隙をついてのこと、
太宰の手を振りほどくように跳ね飛ばし、返す動作であらためて敦の上半身ごと引き寄せると、
そのまま引きずるように少年の身を掻っ攫い、
居並ぶロッカーの列の突き当たり、嵌め殺しの腰高窓があったのへ突き進むと、
自身の肘を突き立てるよにして突っ込んだ中也であり。
「わあっ!」
そりゃあ派手な音がしてガラスが砕かれたが、
そのまま身をよじり、開放部と化した窓へは背中から飛び込んだその上、
大事な存在は懐ろで覆うよにして庇ったので無事。
地上4階という高さじゃあったが、そこは重力操作という異能の持ち主だけに、
抱えた“略取対象”ごと中空へ身を浮かせ、
それはふんわりと静かに地上へ着地してしまった鮮やかな脱出ぶりで。
「チッ、しまった。」
こちらさんだって活劇にはそれなり縁も深い身、
ぼんやり腑抜けていることなくの窓辺へまで急いだものの、
じゃあなと余裕の会釈を送って来つつ、そのまま脱兎のごとくに駆け去った旧友のしたり顔に
やられたかと歯噛みして見せる太宰の傍らへ、
「どうしたんですか、今のって確かポートマフィアの…。」
「敦くんも居たようでしたが。」
尋常ではない騒ぎへ取り急ぎ駆けつけた同僚さんたち。
床に散らばるガラスの破片の物騒な煌めきと、
驚いたような声だけ残して姿のない少年社員への案じから、
揃ってお顔を曇らせる二人だったのへ、
「事情を話している暇間はない。
私はこのまま彼らを追うが、どうか心配はしないでと皆には伝えてくれないか。」
「ですが…。」
敦には裏社会にて莫大な額の懸賞金がかかっていたものの、
それを仕掛けたギルドの長は行方が知れぬし、
同じ企みを仕掛けるにしたって資金が足りぬだろうから当面は動きもなかろう。
では一体何が目的であの虎の少年が狙われたというのかと、
事情がさっぱり見えない彼らへ、取り急ぎという風情にてそうと言い残し、
太宰もまた何やら険しい顔つきとなって社を飛び出してゆき。
「…とりあえず、ここを片づけようか、賢治くん。」
「そうですね。」
何が何やらという疑問は一向に解けぬままながら、ぼんやりしていても始まらぬ。
とりあえず、せねばならぬことというのへ着手しようとする、
なかなか建設的で行動派の、調査員のお二人だった。
to be continued. (17.06.29.〜)
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*前回のドタバタの続きで終わっちゃいましたな。
敦くんの首に残った艶めかしい跡が問題なのですが、
中也さんたちをついつい派手に逃走させちゃったため、
話がそこまで行かなんだです、すいません。

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